コトリノスバコ

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kotorinosubako

Author:kotorinosubako
2006年1月、初婚でいきなり2児の母となりました。
毎日いろんなことがありますが、自分が選んだ人生なのだから楽しくすごしたいと思っています。
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mixiで初婚のステップマザーのためのコミュ
「初婚でいきなりステップマザー」をしております。
初婚ステマムで興味ある方は一度のぞいてみてくださいね☆
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20080328 Fri
結婚の挨拶 

結婚の挨拶 

説得の日々は続きました。
だけど、やはり並行線のまま。
根本的な考えが違うのですから、お互いの気持ちが理解できないのも納得なのですが。

彼の家には相変わらず行っていたので、
彼や彼の両親とも、どうしたら認めてもらえるのかを相談しました。
それまでに何度も彼や彼の両親が「家に行って話し合いをする」と言ってくれていたのですが、
私の両親なので私が説得したい、という気持ちがあったので断ってきました。

けれども私の家では話のたびに怒鳴りあいになることも増え、
家庭内の雰囲気が随分と悪くなりはじめてきたので、彼に来てもらうことにしました。

その日は、私も同席するつもりだったのですが、それは許されませんでした。
無理やりにでも乱入すれば良かったのですが、冷静な話は出来なかったかもしれません。
とにかく、彼の人柄を見て分かってくれるといいのだけど、と思っていました。

けれども彼が来ても何も変わらず、やはり「認めない」という事でした。
話し合い、というほども事もなかったようで、とにかく最初から最後まで「認めない」と言うばかりでした。
私の両親も随分感情的になっていたのかもしれないけど、せめてもう少し人柄を見るようにしてくれたら。
それが残念でありませんでした。

反対するのは分かります。
人の親になった今、もっと分かります。
だけど、普通の結婚をしたから幸せ、逆に、子持ちの人と結婚したから不幸せ、とは一概に言えないのじゃないかな・・・。屁理屈かもしれませんが。

彼が帰った後、もう家を出るしかないんだな、と思いました。

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20080327 Thu
継子達 

継子達 

「継母は苦労が多い」
それは覚悟していました。

生活はなんとかなるだろう、一人暮らしをしていない私でもそれはわかりました。
だけど、子供を育てていく事は違います。

わが子であっても虐待して死なせてしまう。
絶対に悪いことであっても、その数が決して少なくないのは、
それほど子育てが大変なのだから、と考えていました。

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彼との初めてのデートの日に、彼の子供達(以下、継子)に会いました。
4歳と3歳の男の子です。
それまで、子供と触れ合うような生活をしていなかったので、
どんな風に接して良いか分かりませんでした。
どんな言葉をかければ良いかも分かりませんでした。
だからすごく緊張しました。

初めてあった時の印象は「かわいい」
だけど「かわいい」だけではありません。

それからは、仕事が休みのたびに彼の家に行きました。
継子たちは私のことを「おねえちゃん」と呼んでいました。
しばらくすると、私が遊びに行くたびに長男のほうが「帰って!」と言う様になりました。
今なら、「甘え」からそうなるんだと理解できるのですが、
その時は「なんでそんなこと言われなくちゃいけないんだろう」と、
ショックだったし腹も立ちました。
行くのが嫌だったけど、頑張って行きました。
こんなことで嫌になっていれば、とてもお母さんなんて出来ないからです。

ひと月もすると、長男は落ち着き、また仲良くなりました。
この事がなかったら、私は母親になれなかっただろうし、息子も息子にはなれなかったと思います。

20080326 Wed
説得の日々 

説得の日々 

「子持ちの男性と付き合ってる」
という事をものすごい勢いで反対されとてもショックを受けました。

子供の親になった今は痛いくらい両親が反対した気持ちがわかるのですが、
その時は分かるはずもありません。
ただ「反発」という気持ちだけが残りました。

その頃は家族と同居でしたので、それから家を出るまで1年くらい、毎日その事で悩んでいました。
私だけではなく、家族みんなが悩んでいたと思います。
それまでわりと仲が良かった家族だったと思うのですが、
両親への告白をしてからは、一緒に食事をしても何をしても、その背景にはいつもその問題があり、
常に緊張した空気があったように思います。

そんな状態はおかしいのですから、離れて一人暮らしをすれば良かったのですが、
絶対認めてもらいたかったので、離れる事はしませんでした。
離れてしまえば、あきらめたり、解決しないままうやむやになってしまうと思ったからです。
逃げないで、自分でやれる事は何でもやろうと思いました。

まず話を聞いてもらえないのですから、聞いてもらえるようにしました。
とは言ってもこちらから一方的なのですが・・・。
そして「とにかくダメ!」なのですから、何故ダメなのか、そういう話もしました。

「あんたに子供を育てられるわけがない」
「バツイチだけならまだしも、子供がいるのは絶対ダメ」
「子供(継子)を(自分達から見て)孫だとは絶対認めない」

そんなようなことを言われたと思います。
それまでの私は(今も?)わがままで、決めたことを最後までやりとげられない、
とにかく、自分の子でない子供を育てることなんかとても出来そうにないような人間でした。

今思えば、両親の気持ちがとてもわかります。
ほんと無謀だったと思う。
その時は、「どうして暮らして、どうして育てていくか」なんて特に考えていませんでした。
漠然と「なんとかなるだろう」と思っていました。
考えたって分からないし、周りにそんな人もいないし。
わかるのは「苦労が多いだろう」ということぐらいです。

だから両親にはただ「苦労がたくさんあるけど、死ぬ気で頑張る」と言うことしか出来ませんでした。

20080306 Thu
両親への告白 

両親への告白 

「子持ちの男性と付き合っている」
そんな告白を母親にしたのは、出先で二人でお茶を飲んでいる時でした。
特に心の準備もなくほんとに「世間話」ぐらいの事でサクッと言ったのですが、
母は怖い顔で「そんなの絶対ダメ」と言いました。

その時まで軽く考えていたのです。
でも「子持ちの男性の人付き合う」事も「普通の男性と付き合う」事も、何も変わらないと思っていたのは、私だけだったようです。

怖い顔で「ダメ」と言われたことがすごくショックで(まさか反対されるとは思ってもみなかったので)
今でもその時の事を思い出すと胸がドキドキします・・・。
家までどうやって帰ったのかすら今でも思い出せません。

父にもどういう状況で告白したのか覚えていないのですが、「ありえない」みたいな感じで、
まともに話も聞いてもらえなかったと思います。

その日から、悩む日々が始まりました・・・。

20080305 Wed
プレ・ステップマザー 

プレ・ステップマザー 

「もうすぐステップマザーになる方」(以下、プレ・ステマムさん)からメッセージをいただくことがあります。
mixiで「初婚ステップマザー」のためのコミュニティもしていますが、そちらでもメッセをいただきます。

共通しているのはみなさん「不安」ということです。
私ももちろんプレ・ステマムだったことがあるので、お気持ちは良くわかります。

コトリノスバコを作ったのも原点はその「不安」でした。

ステップマザーになって3年目がすぎました。
まだまだ頼りないですが、自分なりには落ち着いて、
周りのいろんな事に目を向けられるようになってきました。
これからはブログで「ステップマザーになる前のできごと」も書いていこうと思っています。

少しでもプレ・ステマムさんの「不安」が解消されれば良いのですが・・・。
今後もよろしくお願いします。
もちろんメッセも大歓迎です。

※カテゴリの「ステップマザーになる前のこと」で更新していきます。

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